プロフィール

保岡 宏武(やすおか ひろたけ)

生年月日:1973年(昭和48年)5月6日生まれ

血液型:AB型

家族:妻、4人の男の子

名瀬市立奄美小学校

私立池田中学校(1期生)

県立錦江湾高等学校理数科(20期生)

青山学院大学法学部卒

 

民間会社に就職後、2000年に帰鹿 

鹿児島大学大学院農学研究科(焼酎学)修了

衆議院議員 保岡 興治 公設第一秘書、鹿児島事務所長歴任

2017年衆議院議員選挙 鹿児島一区で立候補

74831得票(1868票差次点)

2018年自由民主党鹿児島県ふるさと創生支部長に就任

鹿児島県卓球協会顧問

中洲小学校PTA会長

上之園町内会理事

JCシニアクラブ会員

NPO法人理事(婚活支援)等

 

座右の書:貞観政要

尊敬する人:島津斉彬公、マイルス・デイヴィス

好きなもの:カレー、焼酎、どん兵衛  

趣味:フラダンス、SUP、トランペット、音楽鑑賞等

誕生〜幼稚園

祖父(武久)と。祖父ちゃんに似ていると言われると、とても喜んでくれていたそうです。

今でも父より祖父ちゃんに似ていると時々言われます。

一つ違いの妹と。鹿児島市薬師の長屋近くで。

この頃、母が父方の祖父祖母の看病のため、付きっ切りで大学病院に寝泊まりしていました。その間私達兄妹はうなぎ婆ちゃんの長屋に預けられました。 半年なのか一年なのかわかりませんが、母と一緒にまた暮らせると分かった日はとても嬉しかったのを覚えています。

若き日の父(興治)と母(芳枝)と。中央は母の乳母(千代ばあちゃん。

通称うなぎ婆ちゃん←2歳ごろの宏武より命名)

小学生〜高校生

運動会マーチングでトランペットを担当。(かなりムチムチです)

トランペットとの出会いは小5の頃です。

音楽室に置いてあったトランペットをいたずらして吹いているのを、音楽の先生に見つかり、興味があるのか?と器楽部にスカウトされました。

話は飛びますが、特にこの頃、吃音(どもり)がひどい時期でした。

錦江湾高校時代。

当時奄美に実家があったので、中学高校と6年間寮生活でした。

高校の寮は特に厳しく、3年神様・2年平民・1年奴隷といわれる生活でした。

生涯で唯一父に退寮を懇願しましたが、勿論厳しい父に聞き届けられるはずもありませんでした。

また高校に進学して間もない頃、肺結核が見つかり、一年留年も経験しました。

沖永良部島の祖父と。

母の実家は沖永良部の和泊町。

当時その町長を祖父が務めていました。

祖父とは島に帰るとよく散歩をし、その途中いろいろ質問をしました。

「この花の名前は?」

「なんで島の土は赤いの?」

私の問いにに祖父は何でも答えてくれました。

町長は島の事なんでも知っているんだ、と子供心に感激しました。

​大学生

大学時代コンサートマスターとしてMCを経験

大学3年の頃、初めて父の選挙を手伝いました。

この頃は学校の友人にも、バンドのメンバーにも父が政治家であることを知られたくなくて、隠していました。

話をしたら、なんとなく関係が壊れる、そんな風にかってに思いこんでました。

でもみんな「親父さんの為にがんばって来いよ!」と温かく送り出してくれました。

とても嬉しかった。

生まれて初めの投票では、投票用紙に「保岡宏武」といつもの癖で書きそうになりました。

太田市JAZZフェスティバルでトランペットソロ 優秀ソリスト賞受賞

青山学院大学時代、ビッグバンドジャズ部に所属していました。

暇があったら練習、食事代を削っては中古のCDを買いあさり音楽最優先の生活でした。

4年生でコンサートマスターを務め、仲間と山野ビッグバンドコンテスト(大学ビッグバンドの甲子園のようなもの)で、数年ぶりとなる8位入賞をしてCDも販売されました。

秘書時代

母子寡婦福祉会でトランペットを披露

錦江湾横断遠泳。

監督の県議会議長の柴立鉄彦先生をサポートして。

父興治も私も公私にわたってお世話になっています。

母校錦江湾高校で

進路ガイダンス

〜現在

石破 茂 元地方創生担当大臣のやねだん視察に同行

2017年衆議院議員選挙

鹿児島1区で初の立候補

大好きなフラダンス